横浜地方裁判所 昭和62年(ワ)969号 判決 1989年9月26日
主文
一 被告内田ヤイ子は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物につきなされた横浜地方法務局神奈川出張所昭和五七年一〇月二六日受付第七四九八八号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告株式会社川邊商店は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物につきなされた横浜地方法務局神奈川出張所昭和六二年三月一七日受付第一九五八五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という)は、昭和二四年ころ、原告が建築して所有権を取得した。
2 被告内田ヤイ子(以下、「被告内田」という)は、本件建物につきなされた所有権移転登記(横浜地方法務局神奈川出張所昭和五七年一〇月二六日受付第七四九八八号)を、被告株式会社川邊商店(以下、「被告川邊商店」という)は、本件建物につきなされた所有権移転登記(横浜地方法務局神奈川出張所昭和六二年三月一七日受付第一九五八五号)を、それぞれ有している。
よって、原告は、被告らに対し、所有権に基づき右各登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
請求原因事実は全て認める。
三 抗弁
1 所有権の喪失(被告ら)
原告は、被告内田に対し、昭和五七年一〇月二六日、本件建物を代金三三〇万円で売り渡した。
2 転得(被告川邊商店)
仮に、右売買が認められず、契約が貸付債権を担保するための譲渡であったとしても、被告川邊商店は、被告内田から本件建物を買い受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1は否認する。原告と被告内田との間の契約は、売買ではなく、訴外佐藤和男(以下、「訴外佐藤」という)の訴外木村晃(原告の子であり、以下「訴外晃」という)に対する貸付債権を担保する目的で、被告内田に本件建物の所有権移転登記をしたものにすぎない。原告は、右契約後である昭和五八年七月四日から同六一年一二月二三日までの間、計一一回にわたり合計金一二五万円を訴外佐藤に弁済したほか、昭和六二年二月二七日、金二七六万七〇〇〇円を訴外佐藤のために弁済供託し、訴外佐藤の訴外晃に対する債権は消滅した。
2 抗弁2の事実は認める。
五 再抗弁(被告川邊商店の抗弁2に対し)
被告川邊商店は、被告内田から本件建物を買い受けるにあたり、本件建物の所有権移転が債権担保のためであることを知っていた。
六 再抗弁に対する認否
否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一 請求原因事実は全て当事者間に争いがない。
二 抗弁1について判断する。
1 <証拠>によれば、原告を売主、被告内田を形式的な買主として本件建物の所有名義を被告内田とする旨の合意が原告と訴外佐藤の間で成立した事実がみとめられる。
2 ところが、<証拠>によれば、訴外佐藤が原告の子である訴外晃の経済的困窮を救済するために、昭和五七年一二月二六日訴外晃の訴外有限会社アジア物産に対する借入金二六五万円を出捐した際に、同訴外会社の従業員から示唆をうけたこともあって、訴外晃に対する債権者からの追及を回避し、また訴外佐藤の訴外晃に対する債権を担保する目的で訴外佐藤の経営する飲食店の従業員である被告内田にその所有名義を形式的に移転した事実を認めることができ、この事実に照らして考えると、前掲各証拠から被告らが主張する売買の事実を推認することはできない。
3 被告らは、前記の日に急遽、司法書士事務所において売買契約が成立した旨主張するが、およそ不動産の売買において事前に何らの話し合いももたれずに突如合意が成立するということは、経験則上不自然であるのみならず、本件建物が借地上の建物であるにもかかわらず、<証拠>によれば、借地権の残存期間、借地権価格、建物の価格など通常借地権付建物の売買において考慮されるべき事項について何ら協議がなされていないこと、借地権譲渡について地主の承諾を得る今後の方策についても何ら問題とされていなかったこと、真の所有者が本来負担すべき地代について話し合いが行われていないこと、また本件建物の名義変更当時、建物には原告及び原告の妻が居住していたにもかかわらず、建物の使用関係について被告内田および訴外佐藤も一点の関心を示した事実が認められないことを総合すると、右合意は通常の売買のそれではなく、前記の考慮に基づき形式的に登記簿上の所有名義を原告から被告内田に移転させておく、いわゆる譲渡担保の合意と認めるのが相当である。
4 証人佐藤は、本件建物の使用料として月額金二万三〇〇〇円の支払いを受けていたと証言するが、<証拠>は、五万円、一五万円、一〇万円などすべて五万円をもって除することができる金額の領収書であって、右の佐藤証言と符合せず、むしろ訴外晃の訴外佐藤に対する債務の弁済であると認めるのが合理的である。右認定に反する甲第四号証の七中の「家賃として」との記載部分及び前掲佐藤証言はたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。
従って、抗弁1は認められない。
三 抗弁2の事実については、当事者間に争いがない。
四 そこで、再抗弁について判断する。
1 譲渡担保は、債権担保のために目的物件の所有権を移転するものであるが、その所有権移転の効力は、債権担保の目的を達成するのに必要な範囲内において認められると解するのが相当であるから、譲渡を受けた第三者が善意であるときのように取引の安全を保護すべき場合は別として、悪意の譲受人すなわち当該物件の所有権移転が債権担保の目的であることを知りながら、その物件を譲り受けた者は、後日債務者が債権者に被担保債務を弁済することによって、目的物件についての完全な所有権を回復する可能性があることを予期できるのであるから、債務者は、当該債権関係が最終的に清算されまるでの間は、右債務の弁済による消滅を根拠に悪意の第三者に対して、所有権の主張をすることができると解するのが相当である。
2 そこで、被告川邊商店が悪意であったか否かについて検討する。
(一) <証拠>によれば、本件建物の被告内田と被告川邊商店との間の売買については、平野邦俊(以下、「訴外平野」という)が紀伊國屋不動産の従業員として買主側の責任者たる立場で関与したこと、被告川邊商店の社長と訴外平野は五年来の知己であること、紀伊國屋不動産は被告川邊商店の宅地建物取引業免許を借り受け、事務所も同一であること、本件建物の所有権が被告川邊商店に移転していることが認められる。
以上の事実によれば、訴外平野は本件建物の買い受けについて中心的役割を果たし、被告川邊商店の代理人ないし使者として行動したものと認められ、被告川邊商店の善意、悪意は訴外平野のそれについて検討すれば足りる。
(二) そこで、訴外平野についてみるに、同人の証言によれば本件建物を買い受けるにあたり、被告内田及び訴外佐藤と話し合い、本件建物の所有名義が原告から被告内田に移転した経緯について十分に聞いたこと、訴外平野は宅地建物の取引を業としているにもかかわらず、取引物件である本件建物を買うにあたり外から見ただけで内部を見ようともしなかったこと、さらに証人佐藤の証言によれば、昭和六二年一月ころ紀伊國屋不動産の訴外平野らが訴外佐藤を訪れ、本件建物の売買価格の交渉をした際に、訴外佐藤から訴外晃に対する貸金について聞き及んでいる事実が認められる。
(三) これらの事実及び訴外平野が不動産の取引を専門の職業としていることなどを総合して判断するならば、訴外平野は、本件建物を買い受ける当時ないしそれ以前に、被告内田に所有名義が移転した原因がいわゆる譲渡担保であることを知っていたものと認めるのが相当であり、結局、前記のとおり被告川邊商店の悪意が認定されるというべきである。
3 従って、本件において被告内田に対する原告の所有権移転が債権担保目的であることについて悪意と認められる被告川邊商店の抗弁2の主張もまた理由がない。
五 以上の事実によれば、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを全部認容することとし、訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 雨宮則夫)